は じ め に
現在、『先進的な医療とその技術』が目覚ましく発展し、生物学と医学の向上は「病気治療と創薬(製薬技術)」に大きく貢献し、人間の命に長寿をもたらしている。しかし一方では、寿命年齢とは逆に「健康年齢」は著しく悪化しており、半病人状態の人々で病院は溢れ、身体的な病状とともに「精神的病状」を抱える人が近年急増している。
1億総半病人と呼ばれる日本では、先進国の中でも著しい「慢性疾患の時代」を迎えている。
厚生労働省は、2006年の医療法改正で地域医療の基本方針に死亡原因の大半を占めるガン、脳卒中、心疾患、及び糖尿病を四大疾患として指定していたが、2011年8月には患者数が急増する「精神疾患」を追加して、「五大疾患」として基本方針において重点的に対策を講じることとなった。厚労省によれば、うつ病、及び不安障害を中心として、精神疾患患者数は2008年当時で既に323万人に昇り、ガン(152万人)や糖尿病(237万人)を上回っている。
特にうつ病、及び不安障害の患者が増加していて、ほぼ「3万人の自殺者」の大半がこれら精神疾患を抱えていると推定している。
先天的な病状よりは、後天的な「生活習慣病」による疾病が増大するにつれ、ヘルス・サイエンスやヘルスケアの概念自身も大きく変化し、全人的(包括的)な治療から臓器別治療へと細分化されている。
医療従事者はいたって個別化・専門化されると同時に、検査技術の発展により、その専門技師も含めると、人ひとりに対する医療従事者の分野別人数とそのコストは限度を超えているであろう。事実、診療科目は、産婦人科や小児科を除いて脳外科、脳神経、胃腸科など、臓器別に40科目程度に細分化されており、診療機器の分野における電子化など進歩が認められるが、治療は依然として投薬、放射線照射、及び手術が主体であって、特に生活習慣病の治療は専ら投薬に依存している。
つまり、医療薬や健康維持・改善に費やすセルフケアに関わる「ヒト、モノ、コスト、そして情報管理など」を合わせると、長寿と健康を管理するためのエネルギーは、もはやとてつもない数値が想像されるだろう。
国家予算に占める国民医療費38兆円と介護費用8兆円の合計46兆円の費消、このほか診療費としては交通事故および自由診療があり、ほぼ10兆円程度と見積もられている。よって、日本における総医療費は55兆円、ないし60兆円程度に達していると想定される。
この点で、医療産業は自動車産業を超えて国内最大の産業となっているものの、現行医療が本質的に対症療法であって、健康体の回復や社会復帰を実現・促進して、究極的に国力増強に資するところが少ないと考えられる。
ここのところ生活習慣病の蔓延もさながら、ガン患者の増加が私の周辺でも著しいものとなっている。特に比較的若い方のガン発症が目につくと同時に、女性の乳がんや子宮がんが甚だ増えているように感じられる。
これまでも何名かの女性の、「ガン予防と改善」について相談に応じてきたのだが、現在の医療現場における日本のガイドラインに基づく医療方針とその効果には、幾分不満を抱く患者は少なくない。
中には、現代のガン治療を拒否する患者が増えている背景には、大変苦しい治療を受けガンを克服したものの、その後の再発や転移が発見された患者の失望感や抗がん剤による副作用への懸念など、治療そのものを経験した者ほど治療を拒否する傾向が強い。
また、家族との関係や経済的な問題も垣間見られ、特に女性の場合にはまだ小さな子供をかかえてのガンとの戦いにおいて悩み深いものや、経済的な理由の多くには、通常の治療では完治の可能性が少ないとの認識から、先進治療を選択するにも自由診療の費用を考えると、大変負担が大きいことから断念せざる得ないのが実情である。
そのような「患者の体験・経験」、あるいは「患者の妥協」をブレイクスルーすることに加え、「経済的な面から人間関係(特に家族や社会活動)」、そして「患者に最適な治療の選択」を探究し、実践方法を構築することが急務である。
● ヘルスケア・イノベーションの動向について
ヘルスケアにおける共創の取り組みは、10年ほど前からアメリカを中心に広がってきた。こうした動きの背景には、アメリカ社会に根差した自己責任の文化がある。
日本はよく課題先進国と呼ばれるが、主として高齢化の進展を指して使われる言葉である。アメリカは別の側面での課題先進国であり、さまざまな面でアメリカは自己責任の国である。
日本のような国民皆保険制度はなく、自分の身は自分で守らなければならないという現実は、個人にとって、大きな課題でもある。
そんな意識ゆえに、個人が病院や担当医師を切り換えることも珍しくない。競争にさらされる医療機関の側には、常によりよいサービス、患者の満足を追求する強い動機が生まれる。
こうして、『Patient Experience (ペイシェント・エクスペリエンス)/PX』という概念が生まれ育ってきた。
アメリカの競争環境が、「共創によるイノベーション」を促している。それは、社会に対してポジティブなインパクトを与えてもいる。
「共創の視点を取り入れたイノベーション」により、患者や医療スタッフの満足度を高めつつ、コスト削減を実現した事例も少なくない。
アメリカ最大の非営利医療サービス団体、カイザー・パーマネンテは看護士のシフト交替プロセスを革新することで、医療フタッフが患者から目を離す時間を従来の平均40分から12分に短縮した。すでに行われた看護サービスが、シフト交替後、無駄に繰り返されることもなくなった。
いまでは、伝達すべき情報のシステムへの入力はナースステーションではなく、患者のベッドサイドで行われる。このプロセスには患者も参加を求められるので、入力すべき情報のヌケ・モレといったミスの最小化にもつながっている。
したがって、日本社会を見ると、医療費の抑制、医療サービスの効率化は喫緊の課題でもあり、「ペイシェント・エクスペリエンス (PX)」を重視する動きは、いずれ日本でも大きくなることが予想できると共に、医療の抱える大きな課題に取り組むうえで、『競争と共創』は重要なカギを握っていると言えよう。
● インテグレイティブ・ペイシェント・エクスペリエンス(IPX)の構想について
今、日本の医療に求められているのは、第一に明確な「理念」を持ち、それを「具現化しようとする強い志」である。さらには医療業種間での権限の委譲を含め、常に柔軟な発想をもって事態に対処できる体制創りである。
しかし、こうした「医療改革」を担うのは、決して「医療者」だけに限られた特権ではない。
今日の医療の動向からも明らかなとおり、医療を育てるのは何よりもまず、医療の利用者たる「患者/ Patient(ペイシェント)の力」であることを忘れてはならない。
つまりそれは「患者の権利」であり、同時に「義務」でもある。
現在では日本においても、患者の力を結集して社会へ働きかけようとするさまざまな動きが現れており、そのような運動をとおして患者側にも新たな「社会的責任と連帯の意識」が生まれ始めている。
そこで、∞ Meta Paradigm Dynamics では「統合的(インテグレイティブあるいはインテグラル)で包括的(ホリスティック)」、かつ「参与的(パーティシパトリー)で共創造的(コ・クリエイティブ)」な医療の実現をはじめ、冒頭において提示した「患者の体験・経験」、あるいは「患者の妥協」をブレイクスルーすることに加え、経済的な面から人間関係(特に家族や社会活動)、そして「患者に最適な治療の選択」を探究し、現実の問題を解決する「活動(実践的方法)」を『インテグレイティブ・ペイシェント・エクスペリエンス (IPX:Integrative Patient Experience) / Exploring and planning an integrated patient experience.)』と称し、「慢性疾患セルフマネージメントプログラム」等をはじめ、現代の医科学界(アカデミック)における様々な知的作業について「キーワード抽出(リーディングス)」しながら、『日本人の特性を鑑みたIPXの実現化に向けた、根源的かつ統合的な実践方法』を示唆(提案)したいと考える。
● インテグレイティブが意味する『統合的メタ・パラダイム』とは・・・
日々膨大な情報に麻痺することなく、高度に複雑化する時代の中で、確かな叡智と洞察に基づいて生きていくための「アイディアの必要性」は、アカデミズムの世界のみならず、ポピュラーな世界の人々(個人・組織・共同体など)の間でも、その要求が日々芽生えつつある。
私たちは多様化・重層化する社会の中で、ある特定の方法論のみに固執していては、現実の課題や問題が克服できないことをとっくに気づいている。様々な方法論が、ある特定の課題や問題に対しては有効であるものの、「万能ではない」ことを日々繰り返し体験している。にもかかわらず、なおもその情報の海に溺れながらも、飢えるようにさまよい続けている。
今日における私たちの課題は、歴史や文化の背後に目を向けつつ、『根底に存在するもの』との関連において物事を考察し、「表層的な目に映る事象(浅薄な力)」にばかり集中力を働かせるのではなく、『深層的・根本的な事象に注意力を働かせる』ことが何より求められている。
言い換えれば、「グローバルな世界の表層(文化・知識・技術・情勢など)」を見渡すことは誰もが可能となった今日、それは特別な人間の能力に値するものではなくなった。その代わりに『深層的な事象(根底を流れる文脈・意識のレベル・道徳的成熟度など)を見通す(見極める)能力』が必須となろう。
それらは、個人や集団の「パーソナリティー」と「アイデンティティー」の両面を見据えた能力、つまり、『水平的な成長・発達の幅(トランスレーション)』と『垂直的な成長・発達の深さ(トランスフォーメーション)』の相補的な能力を備え、その視座・視点・視野により世界を観察し、そして多様な世界に反応するといった、『包括的な理解(解釈)と統合的な実践の相互的な展開を継続する能力』と呼ぶべきものである。
その「ヴィジョン」は、『多様性の中の統一性の実現化』を示しており、人類進化の歴史上においては『最も高度な心身の変容を世界的共創造によって目指す、大いなる試み』と言えよう。
そのような状況に対して、今必要とされる処方箋とは、あらゆる状況に適応できると錯覚させるような、『唯一の方法論(表層の浅薄な力)』を安易に選択することではなく、それぞれの方法論に内包する『価値と限界』を正しく認識し、それらを『統合(インテグラル)/包括』することにある。
『インテグラル(統合的)』という単語は、包括的で、全てのものを含んでおり、何も周縁化せず、包容力があるということを意味している。どのような分野へのインテグラルなアプローチも、厳密に以下のようであろうと試みる・・・。
つまり、そのときの話題に関して首尾一貫した像を描ける範囲内で、出来るだけ多くの視点、スタイル、方法論を含もうとするのである。
ある意味、インテグラル・アプローチとは『メタ・パラダイム』である ‼
そのためには、柔軟な発想に加え、世界に存在する多様な方法論の関連性と相互作用等を、俯瞰的に見通せる『メタ・システム(メタ・フレームワーク)』を構築する必要がある。
つまり、『統合的地図(インテグラル・マップ/AQAL)』を構築し、現実的に多様な活動の展開を可能とする、『統合的な作動システム(インテグラル・オペレーション・システム/IOS)』として機能させ、『現代の処方箋(現実の課題や問題が克服)』に網羅的に適用することにある。
現在これらの試みは、様々な領域(多様な活動の場とその利害関係者)において既に注目されている。それらは今日、『インテグラル理論(Integral Theory)』と呼ばれ、「包括的・統合的なメタ・パラダイム(メタ・システム)」として、高次な世界観を実践する人々の間で認識が高まっている。
アカデミズムの世界では、学問的な研究の方法論として『IMP/統合的方法論的多元主義(Integral Methodological Pluralism)』の基礎になる。そこでは、政治、法律、経済、環境、医療、教育に関する「社会の集合領域」の研究者をはじめ、心理学や哲学や宗教等の「人間の内面領域」に関する、先端的な研究者や実践者の共同作業が展開されている。
『インテグラル理論』、すなわちこの「メタ理論」は『メタ実践』に由来しているのであり、これは「統合/包括すること」の『実践の結果』であって、「統合/包括の理論」ではない。
方法論とは、実践であり、指示(進路指示)であり、例示であり、『メタ・パラダイム』である。それは、「現象・経験・データー」を生み出す。
しかし、おそらく一番大事なことは、医療、芸術、ビジネス、政治、エコロジー、スピリチュアリティなどの、およそ如何なる分野にも用いることができ、歴史上初めて、これらのすべての分野の間において、広範で、実り多い対話を行うことが可能になることであろう。
そしてもし、このアプローチが典型的な「ホリスティック」で、「スピリチュアル」で、「ニューエイジ」で、『新しいパラダイム』に毛の生えたものくらいに考えるなら、それは第一に大きな間違いである。
現在のところ「インテグラル理論(思想/アプローチ/ヴィジョン)」は、私たち人類に入手可能な最高で最先端な「メタ・パラダイム」であることは間違いない。
しかし、それは決して、私たちにとっての絶対的な目標となる『終局点(オメガ・ポイント)』と言う意味ではなく、『新たな進化への岐路を指し示す道標』である。すなわち、人間の成長・発達、そして進化の現在地、あるいは、今ここにおいて創発し、跳躍を試み、超越を果たすための『開始点(アルファ・ポイント)』を明確に示してくれる。
また現代が、理性を強調する「論理的(合理的)実証主義(経験主義)」から『多元的相対主義』を見出し、今まさに『普遍的統合主義』と言う、真に統合的・変容的な実践段階への移行期であることを認識させてくれる。
● PXの定義を超えて含む『Experience (エクスペリエンス)』 とは・・・
一般的に『PX(ペイシェント・エクスペリエンス)』は、従来の「PS(患者満足度)」を進化させた客観性が高い概念として、「医療サービスに関する患者の具体的な経験(体験)」あるいは「患者経験価値=患者中心性(patient-centeredness)の質指標」を意味する。
ただし、『評価の主体は患者』であり、「PX(ペイシェント・エクスペリエンス)」が患者に最適な医療サービスを提供するために、「医療が目指す理念や方向性、あるいは測定可能な科学的評価の概念」として、医療者の医療者による医療者のための『集団内の画一主義化(個々の特性を考慮に入れず、全てを一様にすることをよしとする考え方)』といった、社会集団論的側面に関する理論構成を導出することへの点を注視する必要がある。
つまり、エクスペリエンスとは「体験」と訳す向きもあるが、この訳はあまり適切ではない。一言でいえば「これまでになかった体験」と表した方がピンとくる概念である。
エクスペリエンスの定義をより明確にすれば、「これまでになかった体験」に加えてもう1つ重要な要素がある。それは『これまで妥協してきたものを打ち破るもの』という定義である。
よって、『インテグレイティブ・ペイシェント・エクスペリエンス (IPX:Integrative Patient Experience) / Exploring and planning an integrated patient experience.)』とは、現在進行形の「ペイシェント・エクスペリエンス (PX:Patient Experience) / 患者経験価値=患者中心性(patient-centeredness)の質指標」をも超えて含む、『エレガントでエキサイティングな試み』である。
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