医療目的におけるこれまでの取り組みはすべて、『生活の質(quality of life:QOL)』に対する一つの手段に過ぎない。
少なくとも私が考える『インテグレイティブ・ペイシェント・エクスペリエンス(IPX)の中心となる目的』には、「病気」=「医療行為」と言う図式が過剰に社会に浸透すること、人間の健全性のすべてが『医療化(medicalization)』と言う現象に沈み込むことを食い止めるために、患者の立場から医療そのものの行為が及ぶ範囲を全ての人々に明確に認識させる目的も大いに含まれている。
医療化とは、医療の知識と技術が臨床の場を超えて人々の日常生活に浸透してゆき、直接的には医療と関わりのない様々な活動においても医療専門家が大きな権限を持つようになることを意味する。
すなわち、知らず知らずのうちに、日常生活が医療の支配・影響・監督下に入ってゆくことである。
この問題については、標準化・医療化されつつある『スピリチュアル・ケア』で詳しく取り上げて行きたいと考える。
IPX探究の焦点『マインドフルネス』
IPX探究の焦点の一つ、『マインドフルネス(Mindfulness)』について記述しておきたい。
英語の『マインドフルネス(Mindfulness)』 という用語は、1900年にイギリスのリース・デービッスがパーリ語の仏教用語『サンマ・サティ(日本語では正念、正しいマインドフルネス)』の「サティ(日本語では念や気づき)」を英訳してから使われるようになり、仏教徒も英語ではマインドフルネスという言葉を使う。
仏教の実践において『正念(しょうねん)』とは、八正道(はっしょうどう)の一つとして重視され、正しい念は、三十七道品のなかの四念住(しねんじゅう)などにおける念とあるように、基本概念の一つである。
現代的な西洋の実践としての『マインドフルネス(Mindfulness)』とは、「今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく、能動的に注意を向けること(Kabat-Zinn, 1990)」を意味する心理状態である。語義として「今この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに捕らわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもある。
マインドフルネスが意味する特別な注意の向け方は、「瞑想法を中心とした訓練」によって向上されることが知られているのは、仏教の実践における『正念(しょうねん)』が対象に執着あるいは嫌悪などの価値判断を加えることなく、中立的な立場で注意を払うことを意味し、念を深めると心が固定され、何事にも惑わされない定(じょう)の状態に至るとされる「仏教における瞑想の基礎的な技術の一つ」であることに由来している。
つまり、マインドフルネスの実践は、主に東洋の、特に仏教の伝統における教えから発想を得ており、 『マインドフルネス(Mindfulness)』という用語(言説)や活動(技法)については、とりわけ新しい考え方ではなく、東洋では瞑想の形態での実践が2500年あり、仏教的な瞑想に由来する。
現在のマインドフルネスには大きく2つの潮流に分けられ、ひとつは、達成すべき特定の目標を持たずに実践される「仏教本来のマインドフルネス」に対し、ここから派生して生まれた「 医療行為としてのマインドフルネス」は、特定の達成すべき目標をもって行われる。
医療としてのマインドフルネスもまた、アメリカにおける仏教の展開を背景に成立し、その『医療行為としてのマインドフルネスの実践(治療プログラム)』は、現在多様なものとなっている。
医療行為としてのマインドフルネスのベースには、1979年にマサチューセッツ大学医学部の分子生物学者「ジョン・カバット・ジン」が、心理学の注意の焦点化理論と組み合わせ、臨床的な技法として開発・体系化した『マインドフルネスストレス低減法(mindfulness-basedstressreduction:MBSR)』および『マインドフルネス認知療法(mindfulness-basedcognitivetherapy:MBCT)』という確立された手法がある。
1970年代初頭、ジョン・カバット・ジンはマサチューセッツ工科大学(MIT)にて分子生物学の博士号を取得したが、禅の師による瞑想についての講義に参加して感動し、その日に瞑想をはじめた。カバット・ジンが2012年に日本に訪れた際、精神科医の貝谷久宣がカバット・ジン本人に確認したところによると、「この新しい精神療法の基本理念は道元禅師の曹洞宗である」とはっきりと言っている。
過去30年間で、『マインドフルネスの治療的使用』に対する関心が高まり、2007年にはこのテーマに関する70以上の科学論文が発表された。
2014年には『タイム』誌が「マインドフルの革命」と題した記事を載せ、この『マインドフルネスストレス低減法(mindfulness-basedstressreduction:MBSR)』を含めたマインドフルネスの技法への注目が集まっていることを記している。
ジョン・カバット・ジンいわく、「マインドフルネスの実践は、仏教の伝統や語彙を用いることに気乗りしない西洋社会の人々に有益である可能性がある」と述べ、西洋の研究者や臨床医も「メンタルヘルスの対処のプログラム」として採用するなど、通常マインドフルネスを、その宗教的・文化的伝統の起源とは別のものとして指導しており、2013年には、MBSRやそれに類似するプログラムは、学校、刑務所、病院、退役軍人センターその他で広く適用されている。
マインドフルネスのトレーニングに基づいた介入技法は、ネガティブな情動の制御を高め、日々の活動のパフォーマンスを良好にし、ウェルビーイングの感覚を達成させると考えられており(Kabat-Zinn,1994)、実際に、うつや不安に対して安定した効果を有することも報告されている。(Hofmann,Sawyer, Witt, & Oh, 2010)
また、マインドフルネスは介入技法として広く知られるが、マインドフルネスが本来意味する『自己の体験に対する特別な注意の向け方』、すなわち、「能動的にかつ感情的にならずに注意を向ける」ことは、少なからず、日常的に誰しもが経験しうるものである。
日常的に経験するマインドフルネスのレベルが高い人は、うつや不安、ストレスが低く、幸福感やウェルビーイングが高いことが報告されている。(Baer,Smith, Hopkins, Krietemeyer, & Toney, 2006)
このように、マインドフルネスは心理的適応のための一方略として重要な意味を持つと思われる。そのため、「マインドフルネスを高める要因を明らかにすることは、臨床心理学や健康心理学の観点から重要な課題」となっている。
マインドフルネスを経験する個人差に、注意機能が関与していることは、これまでに多くの論者によって議論されてきた(Bishop, Lau, Shapiro,Carlson, Anderson, Carmody, Segal, Abbey,Speca, Velting, & Devin, 2004; Shapiro, Carlson,Astin, & Freedman, 2006; 杉浦,2008)。
例えば、杉浦(2008)は、マインドフルネスに基づく治療法の効果が奏功する基盤として、「注意機能の向上」が関与することを指摘している。
実際に、マインドフルネスの訓練は、「様々な注意に関する認知課題のパフォーマンスを向上させる」ことが知られている(Chiesa, Calati, & Serretti, 2011)。注意の訓練としての側面が、マインドフルネスの訓練の中核をなすことが示唆される。また、注意の働きが情動制御に深く関与していることは、従来からも指摘されている(Gross, 1998)。
そもそも『注意』とは、認知心理学の観点から、情報の取捨選択などを含む情報処理の過程において、中心的役割を果たす機能として捉えられてきた。
Posner & Petersen(1990)によれば、ヒトの注意は、「注意の喚起機能」、「注意の定位機能」、「実行注意」と呼ばれる3つの相互に独立した機能で構成される。
喚起機能とは、予測される刺激に対して反応準備を高め、それを維持しておく能力を意味する指標であり、持続注意や注意のヴィジランスを反映する。
定位機能は、注意によって複数の選択肢からある情報を選択する機能を意味し、選択的注意や集中力を反映する。
実行注意は、モニタリングや複数の処理過程に対立を含む場合の機能を意味し、分割注意や葛藤モニタリングを反映する。
Posner の理論から、我々は、これらの注意機能の働きによって、外界からインプットされる視覚情報を効率的に処理していることが示唆される。
オレゴン大学名誉教授で、人間の注意のメカニズムについて膨大な脳科学・心理学の研究をすすめてきたことで知られる認知神経心理学の世界的第一人者「マイケル・I・ポズナー」は、子どもの気質研究をリードしてきた発達心理学の第一人者「メアリー・K・ロスバート」とオレゴン大学で共同の研究室を開き、二人で多数の論文を発表してきた。
ポズナーが提唱した『注意のネットワーク理論』としても知られる注意モデルは、特に認知科学の分野で顕著な貢献し、人間の注意がどのように方向付けられ、維持され、調整されるかを説明するポズナーの『注意モデル』は、認知心理学および神経心理学の研究に大きな影響を与えている。
科学的な根拠に基づく医療/EBM (evidence-based medicine) 物語への盲信
LEAVE A REPLY
コメントを投稿するにはログインしてください。